1300年前の“ポシェット”を、現代の手で。飛鳥・藤原の革袋復元に挑んだものづくり

2026.08.19

飛鳥・藤原の革袋復元に挑んだものづくり
飛鳥・藤原のポシェット
漆塗り革袋の出土品(写真左)、復元品(写真右)

奈良県葛城市の三ッ塚古墳群(みつづかこふんぐん)から出土した、約1300年前の「漆塗り革袋」。

黒い漆に覆われた革の本体に、装飾を施した金具。現代の私たちが見ても、どこか「鞄らしさ」を感じる工芸品です。

奈良県立橿原考古学研究所と鞄工房山本は、さまざまな分野の職人・企業と力を合わせ、約1年をかけてこの革袋の復元製作に取り組みました。

しかし、残されているのは約1300年前の完成品です。どんな素材を使い、どのような方法でこの形へ仕立てたのか。すべての答えが残されているわけではありません。

残された姿を見つめ、素材に触れ、手を動かしながら考える。今回の復元には、現代の職人たちがそれぞれの技術を持ち寄り、正解のないものづくりに向き合った時間がありました。

約1300年前の「飛鳥・藤原のポシェット」

漆塗り革袋が見つかったのは、奈良県葛城市竹内にある三ッ塚古墳群です。

1999年から2001年に行われた発掘調査で、7世紀末と推定される「木櫃改葬墓(もくひつかいそうぼ)13」の木櫃から出土しました。

約1300年前の「飛鳥・藤原のポシェット」
出土した漆塗り革袋の前面(写真左)・背面(写真右)

蓋の付いた革製の袋で、唐の皇帝陵に残る石像が身につけている吊り下げ式の袋にもよく似ています。唐代の史料に記された「鞶囊(はんのう)」に該当すると考えられており、飛鳥・藤原の時代に行われていた大陸との交流を今に伝える工芸品でもあります。

復元した革袋は、高さ約16cm、幅約19cm、厚さ約8.5cm。黒漆の艶と金具の装飾、その中央を通る紫の組紐が印象的な佇まいです。

飛鳥・藤原のポシェット
今回復元した、「飛鳥・藤原のポシェット」

「飛鳥・藤原のポシェット」。

約1300年前の人が身につけていた姿を想像すると、遠い時代が少し身近に感じられます。

残されていたのは「完成品」。製法を一から考える

鞄工房山本の山本一彦は、約7年前にこの漆塗り革袋を知る機会があり、その後、復元製作に携わることになりました。

製作にあたり手がかりとなったのは、出土した革袋そのものと、調査・分析によって分かってきた構造です。

断面などを調べることで、前面と背面に分けた革を接合していることなどは推測できます。しかし、どのように皮を立体的な形へ成型したのか、どんな順序で組み上げたのかまで分かっているわけではありません。

飛鳥・藤原のポシェットの設計図
漆塗り革袋の設計図

約1300年前の職人が残した完成品を前に、現代の技術でどこまでその姿へ近づけるのか。鞄工房山本の復元製作は、つくり方そのものを考えるところから始まりました。

硬い鹿皮を、もう一度やわらかく

今回使用した鹿皮を手がけたのは、奈良県宇陀市の株式会社藤岡勇吉本店です。藤岡氏は、山本の高校時代からの友人でもあります。

以前、蹴鞠に使われる皮の製作にも携わっておられ、「1300年前の鞣(なめ)していない皮なら、このようにつくったのではないか」という知見をお持ちだったため、今回の革袋づくりも、山本が藤岡氏に相談しながら進めていきました。

約1300年前の素材を想定し、今回は現代の革製品のような「鞣し」を施していません。

鞣しとは、動物の皮を腐りにくくし、やわらかさや耐久性を持たせ、革製品の素材として使える状態にする加工のこと。 私たちが普段目にする鞄やランドセルの革にも施されている、大切な工程です。

飛鳥・藤原のポシェットの鹿革
裁断する前の鹿皮

今回の鹿皮は、水洗いをして肉面に残る肉片や脂などを取り除き、毛を刈ったあと、塩水に漬け込みます。その後、板に張って乾燥させながら何度も張り直し、硬く張った状態に仕上げられました。

乾燥した鹿皮は、まるでスルメのような硬い状態です。この鹿皮を木型に沿わせ、立体的な形へ成型するには、まずもう一度やわらかく戻さなければなりません。

当初、山本は普段の鞄づくりと同じように、約50℃のお湯に浸けて皮をほぐそうとしました。しかし、それだけでは思うようにやわらかくなりませんでした。

そこで藤岡氏に相談し、塩を加えた約50℃のお湯に浸け、よりしっかりと時間をかけ揉みほぐすようアドバイスを受けます。何度か試すうちに少しずつ扱い方が分かり、ようやく木型へ沿わせられる状態になっていきました。

やわらかくした鹿皮
やわらかくほぐした鹿皮

素材を知る人に聞き、試し、また手を動かす。今回の復元は、そんなやり取りの積み重ねでもありました。

杉の木から木型をつくり、皮を「吊り込む」

革袋の形をつくるため、山本は考古学研究所から提供された図面をもとに、本体と蓋の木型を杉の木から一つずつ製作しました。

木型
革袋の形を作るために製作した木型の試作品(写真左)・本番品(写真右)

やわらかく戻した鹿皮を木型へ沿わせ、釘で留めながら立体的な形をつくっていきます。

吊り込み工程
木型に鹿皮を沿わせ、引っ張りながら釘で固定する「吊り込み」工程。

こうして皮を木型に沿わせ、引っ張りながら形を整えていく作業を、「吊り込み」と呼びます。吊り込みは、主に靴の甲や踵を作る製法で、鞄作りではめずらしい作業です。

完成したときに見える部分へできるだけシワを残さないよう、皮を引っ張りながら余分なシワを内側へ逃がしていく。皮の状態を確かめながら、少しずつ形を整える作業です。

そのまま3〜5日ほど自然乾燥させると、やわらかかった鹿皮が再び硬くなり、木型に沿った形を保つようになります。

この工程で生きたのが、2023年に立ち上げた「MONTBOOK(モンブック)」の鞄づくりを通して培ってきた、革を立体的に成型する技術でした。

MONTBOOK BALTEA ショルダーバッグ
2023年に立ち上げたブランド「MONTBOOK」のショルダーバッグ
MONTBOOKブランドでの吊り込み工程
MONTBOOK では、多くの商品に同様の吊り込み技法を取り入れている

今回の取り組みについて山本は、「この革袋のことを知った7年ほど前では、吊り込みで革を成型した実績がなく、『木型で吊り込んでつくっていこう。でも、どこまでできるだろう』というのが本音でした」と振り返ります。

「今にして思えば、当時に取り組んでいても、ここまで完成度の高いものができたかどうかは分かりません。正直、今だからこそMONTBOOKで培った技術で、ここまでつくることができたと思います」

新しい鞄づくりに挑戦する中で身につけてきた技術が、思いがけず約1300年前の革袋を復元する力になりました。

遠い過去のものをつくるために、これまで歩んできた時間が生きたのです。

漆を塗ると、革の形が崩れた

成型した鹿皮は、漆塗りのため石川県輪島市の「漆夢工房 清里」へ送られました。

革に漆を施すことを「漆皮(しっぴ)」といいます。漆を塗っては研ぎ、また塗る。その工程を幾度も重ねることで、表面を美しく整えながら仕上げていく技法です。

ただ、今回のように鹿皮へ漆を施す仕事は前例が少なく、山本たちにも、もともと漆職人とのつながりがあったわけではありません。

藤岡氏が輪島の職人を調べる中で見つけたのが、漆夢工房 清里でした。

これまで経験したことのない素材への漆塗り。それでも清里様ご夫妻が依頼に応え、復元製作に力を貸してくださいました。

実際の作業は、決して順調なことばかりではありません。

成型した鹿皮へ漆を塗ると、大きく変形し、形を保てないほど崩れてしまったのでした。

鹿皮に残る油分や塩分も漆との相性がよくなく、下地や塗り方を変えるなど、一つひとつ方法を探りながら試作を重ねてくださいました。

清里様には、約1か月余り、ほとんどこの仕事にかかりきりになって取り組んでいただいたといいます。

本番の製作では、山本が木型も一緒に輪島に持参し、形を支えながら漆を施す方法へ。一度で答えが見つかったのではなく、思うようにいかないたびに原因を考え、また方法を試す。

漆塗り(中塗り)
下地づくり→下地塗り→中塗りと何層も重ねられていく

山本は、「清里様も鹿皮に漆を塗ること自体が初めての経験 。変形したり、漆がのらなかったりする中で、試行錯誤しながら長い時間をかけて取り組んでいただいたことに、本当に感謝しています」と振り返ります。

鞄職人と漆職人。扱う素材も仕事も異なりますが、山本は清里様と仕事を重ねる中で、「お互いに似たところがある」と感じたそうです。

清里様ご夫妻の技術と粘り強い試行錯誤によって、少しずつ漆黒の革袋が形になっていきました。

中塗りを終えた革を、鞄工房山本で一つに

漆の工程は、一度塗れば完成するわけではありません。

中塗りを終えた前面、背面、蓋が鞄工房山本へ戻ってくると、山本は前面と背面を接合しました。

ただし、接着する部分にもすでに漆が塗られています。そのままではしっかり接着できないため、貼り合わせる部分だけをペーパーで削り、漆を落としてから接合します。

接合前
前面と背面の接合部分の漆を削り落とした様子

出土品には縫い合わせた形跡が確認されていないことから、今回は接着による方法を選びました。

当時は動物由来の「膠(にかわ)」のような接着剤を使っていた可能性も考えられますが、復元品として確実に形を保つため、今回は鞄工房山本の鞄づくりで使用している接着剤を使っています。

貼り合わせた革袋は、仕上げの上塗りのため再び輪島へ。

本塗り

鞄工房山本と漆夢工房 清里の間を行き来しながら、一つの形へ近づいていきました。

それぞれの職人の手が、ひとつの形になる

今回の復元には、鹿皮や漆だけでなく、金具や組紐など、鞄工房山本だけでは持ち得ないさまざまな技術が必要でした。

金具の復元にも、大きな手間がかかりました。

出土品を解析した3Dデータを外部へ出すことができなかったため、東京メタル株式会社では、出土品の金具の樹脂製レプリカをもとに原型師が金具原型を製作しました。

樹脂による試作を繰り返し、細かな柄や溝を調整したうえで鋳造用の型をつくり、金属の金具へ仕上げていきました。日数も費用もかかる、容易ではない製作だったといいます。

金具
金具の樹脂製レプリカ(灰色)を元に3Dプリンターで製作したもの(白)から、型をつくって完成した金具(金色)

また、組紐についても頼れる伝手はなく、山本が調べる中でたどり着いたのが、東京・上野の「有職組紐 道明」でした。長い歴史を持つ組紐について詳しく紹介されているのを見て、「ここなら」と相談したといいます。

まったく初対面からの相談でしたが、今回どのような復元に取り組んでいるのかを理解し、快く製作を引き受けてくださいました。

今回選んだ色は「本紫」。

組紐を取り付けた様子

黒漆との調和を考えながら色を選び、幅や長さも指定して、今回の復元のために仕立てていただきました。「安田組」と呼ばれる組み方で、同じ組織のものが正倉院宝物にも残されています。

古くからの友人として鹿皮づくりを支えてくれた藤岡氏。

前例の少ない皮への漆塗りという依頼に応え、試行錯誤を重ねてくださった清里様ご夫妻。

出土した小さな金具から形を起こした東京メタル株式会社の皆様。

そして、つながりのないところからの相談にもかかわらず、復元に必要な組紐を仕立ててくださった有職組紐 道明の皆様。

それぞれ異なる分野で培われてきた技術がつながり、ようやく一つの革袋になりました。

山本も今回の復元について、

「鹿皮、漆、金具、組紐。それぞれ違う技術を持つ人に協力してもらって、ようやく形になった」

と振り返っています。

約1300年前の革袋もまた、当時のさまざまな工芸技術が巧みに組み合わされて生まれた品でした。

飛鳥・藤原のポシェット

1300年前の革袋から見えてきた、装いとものづくり

長年、鞄づくりに携わってきた山本が出土品を見て特に驚いたのは、革袋そのもの以上に、そこに取り付けられていた金具でした。

「1300年前に、こんな金具があったのかと思いました」

出土した革袋には、現在の鞄にも使われている「丸カン」や、「美錠」の原型を思わせる金具が残されています。

出土した革袋の金具

「今の美錠にしても丸カンにしても、1300年前にはすでにその原型のようなものがあったんだと感じました」

ものを留める、つなぐ、身につける。そのために生まれた形が、約1300年という時間を隔てた今の鞄づくりにも通じて見えることは、山本にとって印象深い発見でした。

一方、奈良県立橿原考古学研究所の青柳正規所長が目を向けたのは、漆黒に輝く革袋から想像される、当時の人々の「装い」です。

「漆黒の輝きを見ていると、官僚の装いへの意気込みを感じた。1300年前の男性のおしゃれの起源じゃないかと思う」

鞄職人の山本が金具から感じ取った、ものづくりの技術。青柳所長が漆黒の革袋から思い描いた、約1300年前の人の装いへのこだわり。

そこには単なる道具としての役割だけではなく、使う人の美意識や、細部まで形にした当時の職人の技も見えてきます。

遠い時代の人々もまた、身につけるものの美しさに心を配り、それを形にするために職人が技を尽くしていたのかもしれません。

つくったからこそ生まれた、あらたな疑問

復元品が完成したからといって、約1300年前の革袋について、すべての答えが見つかったわけではありません。むしろ、実際につくったからこそ、新たに見えてきたこともありました。

山本が感じた疑問の一つが、「本当に、こんなに立体的な形をしていたのだろうか」ということです。出土した革袋は、中に土が入っていたことで、現在の丸みを帯びた姿が残っています。

約1300年前の「飛鳥・藤原のポシェット」

一方、唐の石像に表現された袋を見ると、もう少し平らな形にも見えます。

もともとは今の復元品ほど硬い立体ではなく、やわらかな袋状で、中にものを入れたときにふくらんでいたのではないか。そんな可能性も考えられます。

さらにX線による調査からは、内部に釘のようなものや、丁番とみられるものも確認されているといいます。もともとは蓋を開閉する構造を持っていた可能性についても、考古学研究所の方々と意見を交わしました。

もちろん、現時点では分からないことも多くあります。

けれど、皮を切り、曲げ、貼り合わせ、実際に金具を取り付けようとしたからこそ、「この構造では手が入りにくい」「もしかすると違う形だったのではないか」と気づけたことがありました。

製作中の革袋

完成品を眺めるだけでは見えてこなかった、約1300年前のつくり手の仕事。

復元製作は、その手仕事を現代の手でもう一度たどることでもありました。

完成しても、ものづくりは終わらない

約1年をかけ、多くの人の技術をつなぎながら、「飛鳥・藤原のポシェット」は一つの形になりました。

記者発表の様子
2026年8月7日に実施された記者発表の様子

けれど、完成したからといって、山本の中でものづくりが終わったわけではありません。

「私も清里様も、試行錯誤しながら、ぶっつけ本番での取り組みになりました。でも、再チャレンジできるなら、もっと完成度の高いものができる自信があります」

一度つくったからこそ、鹿皮の扱い方も、漆との向き合い方も、金具の取り付け方も、最初には見えなかったことが分かってきました。

そして、もう一度つくりたい理由には、職人としての思いだけではなく、「これから先に残るものをつくっている」という意識があります。

完成したものを見つめ直し、次ならもっと良くできると考える。その積み重ねは、鞄工房山本がランドセルや鞄づくりでも大切にしてきた姿勢です。

今回の復元について、山本はこう語っています。

「現代日本のさまざまな分野の職人技術の粋を集めて復元できた。ものづくりの誇りです」

約1300年前、この革袋を手にした人がいました。

そして今、その残された仕事を手がかりに、現代の職人たちがそれぞれの技を持ち寄り、もう一度その姿を追いかけました。

そこには、古くからの友人とのつながりがあり、初めて連絡をした職人との新しい出会いがあり、難しい依頼にも応えてくださった方々の技術がありました。

素材と向き合い、試し、考え、より良い形を探していく。

約1300年という時間を隔てても、ものづくりに向き合う人の手と心には、どこか変わらないものがあるのかもしれません。

山本一彦

今回の復元製作に携わった皆さま

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